『A Loose Boy』撮影日誌トラブル顛末 完結篇 その日も大山は撮影の合間を縫ってパソコンを立ち上げた。滑り出しは順調だった。遅れてしまった分を取り戻そうと、集中力を一挙に注ぎ込む。しかし、魔の手は音もなく忍び寄った。前触れも、きっかけもなく、パソコンの画面の明かりが消えた。「むむむ…いや、負けるもんか」大山は素早く再起動をかけた。−−無音。あれっ、手が滑っちゃったかな? 見る人がいるわけでもないのに、一人何気無さを取り繕って、もう一度再起動をかける。−−−無音。大山の気合いは、虚しく宙に舞った。マシンは全く反応しなくなっていた。大山は「孤独」の意味を思った。 何故? 何故! 虚空に叫ぶ声に、答えるものはなかった。ノート・パソコンは沈黙を守るばかりだ。繰り返して言うが、このマシンは代理くんだ。最初に壊れたものとは別のマシンなのだ。自分の手から悪党電磁波でも出ているんだろうか、大山はじっと手を見た。 やがて、大山はついに顔を上げた。「まぁ、撮影用の機材じゃないし、とにかく撮影のほうさえうまくいってくれれば、製作としては、それでよしとしなくちゃ。思い切って、こちらはごめんなさいだ」大山の目は久々にすがすがしい光を湛えていた。と、そこへ、助監督が駆け寄ってきた。「大山さーん、困っちゃいました」「んー、なにー?もう、なんでも言ってー」「僕のパソコン、立ち上がらないんです」「へっ?」「コール・シート作りたいんで、大山さんのちょっと使ってもいいですか」い、いや、それは、その…。立ち直りかけていた大山は、一瞬、神の存在を疑った。なんなの、この仕打ちは。私たちが何をしたっていうの…。 もう、原因を追究する気力はなかった。「手書きにしよ。いいよ、それで」人間地道が一番だ。自分たちは文明に慣れすぎていたのかもしれない。原点に戻ろう。もっと人の力を信じよう。大山はまだ割り切れない顔の助監督に言った。「わたし、いいスタッフに恵まれて、ほんとに良かった」 少し梅雨らしい肌寒さが戻った日、大山は東京にいた。東京のページ担当スタッフは、大山の話を聞いて、大きく頷いた。「できる限りやれば、それでいいですよね。ページは映画の公開までまだまだ充実させていけますから、見てくれている人には、それで許してもらいましょう」持ち帰ったマシンは、ゆっくり修理に出せばいい。少し休めば、こいつも元気に復帰できるだろう。 肩の力を抜いて見ると、また新たな勇気が湧いてきた。機械を恨んでも仕方がない。これはこれで受け入れればいいさ。「作品はフレッシュな力があって、いいものに仕上がると思う。期待は裏切らないから」大山は誓うように高らかに言って、撮影大詰めを迎えるスタッフのもとへと旅だった。(おわり) そして撮影日誌はつづく! 映画は生き物。いくつもの壁を乗り越えてこそ、映画は成長していくのだ。立派に育った姿をスクリーンで観て欲しい。 (筆・高枕子/本文一部想像) でも、修理代を巡ってもう一波乱あることを、大山は知らない。 |