『A Loose Boy』撮影日誌トラブル顛末 その3
 代理のパソコンと共に大山が去った後、残されたマシンを囲んで、スタッフはじっと黙りこんだ。大山が残した「その中に打ってあるデータがあんのよー。全部打ち直しって言わないでー。どうにかしてよー」の言葉がそれぞれの頭の中で渦巻く。「なんとか手はないのか」その面持ちは、地球の存亡の危機に立ち向かう科学者の苦悩そのものだった。「デスクトップ・マシンに繋いで、そこからデータを引き出すしかないな」「しかし、設定がされているかどうか」…失望があたりを包む。うわさを聞きつけ、同機種のユーザーが続々集まってくる。ああ、なんという美しい助け合いの精神だろうか。ある者はマニュアル書をめくり、別の人間は記憶をたどり、その隣ではあらゆるツテを頼っている。「とにかく、やるだけやってみましょう」うーん、出ない。「繋ぎ直して…」時間ばかりが、やけに早く過ぎていく。そのとき、画面を食い入るように見つめていたスタッフが叫んだ。「出た! 出ました!」おいおい、お化けじゃないんだから。そんなツッコミを入れる余裕などは誰にもなかった。大山に知らせを飛ばす。『データブジ アンドサレタシ』とりあえず、何日かはこれで救える。限界かと思われたスタッフの疲れは、喜びに変わっていた。
 日常が戻って来た。ノート・パソコンの修理は思いのほか早くすみ、おニューの画面になって帰ってきた。原因は不明のままだが、病み上がりのやつれもなく、リフレッシュしてばりばり働いてくれそうな様子だ。撮影日誌は遅れたとはいうものの、着実に進みつつあった。「大山には、データがしばらく分はあるから慌てなくても大丈夫と言っておいたけど、そろそろ、次がいるね」こんな言葉が和やかに出る。  東京のスタッフは待っていた。待った。待ち続けた。「データが尽きました。もう更新分がありません!」「大山は! 大山はどうした!」「連絡ありません!」  今日こそ、今日こそと思いながら日が過ぎて行った。様子がおかしい。大山はついに力尽きたのだろうか。
 同じ頃、ロケ先の大山も焦っていた。撮影日誌の原稿を送らねば。せっかく皆様からいただいたメールにも返事を書かねば。撮影は佳境を迎えつつあり、伝えたいことは山ほどある。だが、行く手を新たな嵐が阻んだ。パソコンまたも危うし! しかも、今回の嵐は大山一人を巻き込んだだけではすまなかった。助監督のパソコンまでもろともに崩れ去ったのだ。「もはや、これまでかっ」大山は呆然と立ちすくんだ。
(つづく)

   どうしたんだ、大山! スタッフの焦りは募る。次回「完結篇・撮影日誌は永遠に!」を待て!

 (筆・高枕子/本文一部想像)

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